アースドラゴン

土をかきだした先には、また土があった。永続しそうな土また土に 彼はその場にへたりこんだ。彼は疲れると、いつも決まって自分の 爪をみる。重なる使用によりかれこれ三センチはすり減っている長 い爪。だから、というわけでもないが、彼の感情もそれ相応のもの となっていた。
人間は俺たち土竜を何か掘ってさえいれば本能が満たされると思っ ていやがる。爪をみてみろってんだ。見ると、土竜の爪からは血が 出ていた。ここまでして掘ることに悦びを見いだす土竜がいたら連 れてきてほしいもんだね。俺にはできそうもない。
土竜は一通りの愚痴終えると手近な石をつまんで、投げた。遠くへ 飛ばすほどの広さもないし、音をたてる自由もない空洞のなかでの 一人遊びはわびしいものであった。
「俺にも光があったらなあ」
この土竜はトンネル掘ってのミミズ捕りに飽きてしまうと、仲間か ら伝え聞いた光のことを大抵口にしていた。彼は光に満ちた世界と いうものに憧れを持っていたが、そもそも眼がないと光を感じられ ないことを知らなかったし、そもそも光がどんなものかも知らなか った。
そこで考えた。とりあえず上に上に、掘ってみよう。予備知識を持 たない彼であったが、こうして土の中で呆としているよりは光に近 づけるだろうと思ったのである。
思い立つと、土竜は早かった。外に向いた爪をやや上方に向け、動 かす。その動きは目の前にまとわりつく蜘蛛の巣を取り払うかのよ うに右左にと忙しくたちまわった。
彼の分厚く職人的とも言える掌は、今まで以上に土の軟らかいこと を感じとっていた。勢いづいて更に、突き進むと、不意に体が軽く なった。
「父ちゃん、捕まえたよ!」
右頬だけにニキビが多数ある青年が、毛むくじゃらの、獣を掲げて 言った。
「ああ、ああ。見えとるわかっとる。別にお天道様に報告するほど 大層なことでもないだろうに」
「でもさ、モグラ捕まえたの初めてなんだよ!」
眼に興奮をのせて、青年はここ何ヶ月かに、自らの父が耕す畑を荒 らしていた犯人を凝視した。土竜は太陽を見て眩しがるかのように 掘る以外使うことのない手で顔を覆っていた。
「父ちゃん、こいう急に地上に出てまぶしいみたいだよ」
「はあ? んなわけねえよ。土竜にゃ眼はねえんだ」、言って男は つぶれたキャベツを手にとって顔をしかめた。「はあ」
「さあさ。そいつをはやく袋に入れちまえ。害獣と触れあいなんか してたら百姓息子の風上にもおけねえぞ」
青年は言われたとおりに、持ってきた麻の袋に土竜を入れ、くちを 結んだ。
「さあ帰ろう。これで今年は安心してキャベツがつくれるってもん だ」
袋はしばらくの間、不格好なボールのように妙な転がりをしていた が、それもすぐにおさまった。青年は軽々を袋を持ち上げて、かつ いだ。
「今日の飯はなにかなあ」
帰り道に青年がいった。
「久々に肉でなんかつくるって、母ちゃんが言ってたぞ」
青年は肉と聞いて思わず走り出した。その反動で袋が背中にばしば し当たる。
あれは土竜の蹴りだったのかな? と青年が回顧するのは頬のニキ ビが全て無くなってからのことであった。