その日、ミツバチのハンス軍曹はいつものよ
うに自分のやるべき職務を果たそうとしてい
た。
基地から出発して、小川をくだり(例の場所)
へと進んでいく。
「よう、ハンス。今日はおそいじゃねえか」
そういって話しかけたのは、ロイヤルプロポ
リス軍所属のレイミー二等兵。ハンスのよき 友だった。
彼のミツバチながらも剛毅な戦闘力は第3プ
ロポリス基地でも評判の高い兵士だ。
ハンスは、適当に挨拶しながらお花畑から蜜
をせっせと吸い取っていく。
そんなときだった。「悪魔」があらわれたの
は・・・。
遠くから、腹の底に響くような重低音の足音。
ドシン、ドシン。
やがて音だけだった存在が、ハンスたちの眼
前にさらされた。
身の丈はゆうに、1m以上。黄色い体に、そ
の太い体躯にまとった赤いチャツは、ハチた
ちにとって死に神の死刑宣告に等しい絶対的
な重みがある。
その「ア熊」、名前はサンダースといった。
通称「熊のプーさん」。人間世界では愛くる
しいキャラクターとして愛されているが、蜂
の世界では、プーさん=破滅のシンボルであ
った。
そのプーさんが近づいてくる。二本も足で。
確実に。
「第2プロポリス基地が壊滅したという噂は
本当だったのか・・・!」と、横にいるレイ
ミーが毒づいた。
ハンスは背筋に悪寒が走るおもいがした。第
2プロポリスの全滅。7日前にはいった訃報
だった。
そして今、黄色い死に神はどんどんこちらへ
と迫ってきている。
「レイミー、逃げるぞ!この状況では俺たち
に勝ち目はない」
いま、お花畑にいる蜂はおよそ200。あの
ア熊に立ち向かえる戦力ではない。
「軍曹、軍曹は先にもどっていてください。
「ばか、お前だけでなにが・・・・」
と、ハンスが言うそばから、レイミーはプー
さんのほうへと飛んでいった。
「くそ、すまないレイミー・・・」 ハンスに考えている暇はなかった。花畑には
、民間蜂も大勢いる。これらの退去を優先さ
せるのが先決だ。
「みんな、はやく基地にもどるんだ!」
ほとんど半狂乱状態の民間蜂たちをどうにか
まとめあげ、彼は先導した。
そして、退きざまに振り返った彼が見たのは
あまりにも残酷な光景であった。
「ぼくにハチミツよこせ〜」
のんびりと、だが、しっかりと殺意をその内
に収めた声がお花畑に響きわたった。
「・・・・!レイミィィィィィー!」
次の瞬間には、黄色い丸太のような腕で、レ
イミーは叩きおとされていた。
「ブーン」という断末魔の羽音とともに、哀
れレイミーはその無垢なる命を、お花畑に散
らしたのであった。

つづく

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