巣内は異様な殺気と恐怖につつまれていた。カタパルトから続々と進出してゆく兵隊蜂を尻目に、ハンス軍曹は早く出撃したい欲求に駆られていた。
「マホガニー、俺にも銃を渡してくれ」
「ああ、だがここにあるのはK(クルミ)―19マシンガンとキラー・ビーピストルしかないぞ」
近郊のプロポリス軍では最新式の装備じゃないかと、ハンスは驚く反面うれしかった。これならあの熊に勝てるかもしれない。マホガニーから受け取ったK―19にマガジンを送りこんだ。これからはこの特殊合金「ハチミツン」で出来た銃が己の命綱となる。点検も念入りにしなければ・・・。
「ア熊がすぐそこまで来ています!」
その若いオペレーター蜂の声はほぼ悲鳴に近いものがあった。無理もない。あんな巨大な、黄色い熊は人間と1,2を争う蜂の天敵なのだ。あの残酷までにほんわかした
笑みで丸太のごとき腕で犠牲になった蜂は万や億の位で数え切れない・・・・。
「ジャック、準備はいいか?」
「ええ、大丈夫です。仲間の敵はいつでも取れます」ジャックは力強くうなずいた。
死に急がなければいいが。ハンスは自分より三ヶ月も若い先任伍長の顔に不吉な翳りが来ないか心配でならなかった。
前線の発進基地は多くの蜂でごったがえしていた。武器を受け取った蜂たちは、各々武器を手にして己を祖国をまもらんと勇ましく大空へと飛翔していく。
その羽音が幾重にも連なっていた。それは激烈なる意志の合唱であった。
「おれたちも行くぞ、ジャック」
「ええ、軍曹いつでも行けますよ」
二匹は背中の羽をはためかせた。病み上がりのジャックもそれと感じさせない羽音でハンスの羽音にこたえる。
勢いをつけた二匹は大空へと飛び立った。ハンスの眼下には青々と茂った野原が広がる。柔らかい風邪が草原を海原へと変え、波打っていた。
そこへ割り込むように入ってきた無粋な熊。
「ジャック、今回であの熊畜生を地獄におくってやるぞ」ここで仇をとるんだ・・・・。
ジャックはそれに答える代わりに、K―19の弾丸を発射した。ハンスも続く。
数え切れないほどの蜂の群れがホヴァリングしたり、曲芸飛行のような動きでプーさんを翻弄しつつ、マシンガンを撃ち込む。
最新式のクルミ・パラベルム弾が黄色い肥体に次々と食い込む。
「おまえら〜、蜂の分際で生意気だぞ〜。ボォクはただハチミツが食いたいだけなんだよ〜、だから」
プーサンはその場で両手を大地につけ、両足をヘリコプターのように回転させた。大半がかわしたが、肉迫していた数百匹の蜂は無惨に叩きおとされた。
「はやくどかないとお前らも食べちゃうぞ〜」
ア熊の間延びした声は、切迫した状況下で緊張感を倍加させる。その後もハンスたち蜂軍団は比較的柔らかい眼球や耳の穴をねらうも決定打にならず、
確実にその数を減らしていく。
「くそ! また故郷の二の舞になるのか」
ハンスの脳裏にレイニーの四散する身体がよぎる。これだけの戦力ではあの熊には勝てないのか・・・。
「うわっ・・・」
隣にいたはずのジャックの声だった。彼は攻撃に集中したあまり、プーさんの手中におさまっていたのだ。
「うるさい蜂だ、な〜!」
プーさんはジャックの首ねっこをひねった。人間ならここでゴキリという骨の音のひとつでもしそうなものだが、蜂のそれは無音に近くあまりにもあっけなかった。
「蜂さんの身体も美味しいなぁ〜。モグモグ♪」
語尾に♪までつけてジャックをむしゃむしゃとしゃぶりつくすプーさん。ハンスは自分でもわからぬままに、プーさんの鼻先に突進していた。
タタタッとK−19の軽妙な連射音が、一つの憎しみの線となりプーさんへと殺到する。
「うわあ〜、目がぁぁぁ!目がぁぁぁぁ!」
某ジブリアニメの軍人のようにプーさんは絶叫をあげた押さえた手からなみなみと先決がしたたりおちてくる。
「僕の右目ぇ〜、うわ〜おぼえてろよ」
これまでその台詞を言った数百の悪人同様、プーさんは初めての激痛に一目さんに自分の穴蔵へと戻っていったのだった。
蜂たちの中で歓声があがった。ハンスの肩を叩いてくるものもいたが、ハンスは空中で呆然とした表情のままホヴァリングしていた。
仲間の仇をとったという達成感はなく、
追い返したのか?という当座の痛みを和らげる鎮静剤の役目しか、彼にはもたらさなかった。
つづく